文=菊地敏之(アルパインクライミング推進協議会会長)
写真=鈴木岳美
去る5月25日(土)、北杜市みずがき山自然公園芝生広場にて、「瑞牆山クライマー・登山者集会」を開催した。準備や告知の不足、加えて隣の小川山で同日大きなイベントがあったにも関わらず、60人ほどのクライマー・登山者にご来場いただき、無事終えることができた。それについて、集会開催の経緯、およびその時の内容について報告させていただきたい。
瑞牆山クライミング連絡協議会の設立について
2022年4月、国内アルパインルートの整備とアルパインクライミングの活性化を目的に(一社)アルパインクライミング推進協議会を立ち上げた。その活動の当面の主軸は日本のアルパインクライミングエリアでの支点整備を法的にクリアにしようということだが、協議会ではまずその最初の対象を、瑞牆山の大岩壁(十一面岩、カンマンボロン、大面岩)におくことに決めた。瑞牆山の岩壁は今や日本のアルパインクライミング(という呼び名には異論もあるようだが)の中心地であり、アクセスの良さなど活動条件も良好と考えられたからだ。
そしてその法的問題に対して関係省庁(環境省、北杜市、山梨県など)と折衝を重ねるうち、まずこうしたことの申請は窓口を一つにしてもらいたい、なおかつ、クライミングという狭い範囲のことだけでなく、広く登山全体を含めての整備、活性化を考えてもらいたい旨の要望をいただいた。
そこで瑞牆山を利用する団体、山梨県山岳連盟、日本勤労者山岳連盟、日本フリークライミング協会、瑞牆山クライミング協会、北杜山守隊に声をかけ、「瑞牆山クライミング連絡協議会」というものを発足することになった。これにオブザーバーとして、環境省関東地方環境事務所奥多摩自然保護官事務所、山梨県観光資源課、北杜市に加わっていただき、本年5月22日、正式に発足という運びになった。まずはそれを報告させていただきたい。
なお、その連絡協議会の趣旨、および事業計画は以下を挙げている。名前の中に「クライミング」という文言が入っているが、これは最初のきっかけがクライミングエリア(岩場)の整備を掲げていたためで、実際の事業に関しては瑞牆山における登山全体を対象にしている。というのもここ瑞牆山は2019年よりユネスコエコパーク(国際生物圏保存地域)に指定されており、生態系の保全だけでなく、持続可能な利活用の調和(自然と人間社会の共生)も図る対象となっている。要は登山者や観光客との共存も求められているということで、これはこの地でのクライミングの立場を確立するにあたって充分留意すべきことといえるだろう。
趣旨:瑞牆山(山梨県所在)におけるクライミング及び登山に関して、関係団体及び行政等が連携し、ユネスコエコパークの理念である生態系の保全と持続可能な利活用の調和(自然と人間社会の共生)を図りつつ、クライミング・登山の振興発展、その文化の確立・継承に資すること等を目的とする。
事業:(1) 瑞牆山における生態系の保全
(2) 瑞牆山におけるクライミング・登山の振興
(3) 瑞牆山の岩場・登山道等の整備等
(4) 瑞牆山のクライミング・登山に関わるルール、マナー
安全及び事故予防に関する啓発
(5) 瑞牆山の周辺の地域に対する貢献活動
(6) その他本会の目的を達成するために必要な事業
以上を踏まえ、本連絡協議会設立の告知および設立の趣旨説明を兼ねて、5月25日、上記「瑞牆山クライマー・登山者集会」を開催するに至った。
瑞牆山クライマー・登山者集会報告
当日はまず瑞牆山クライミング連絡協議会代表として菊地より上記連絡協議会設立の経緯と趣旨の説明、続いて2023年『瑞牆クライミングガイド』の発行者である内藤直也氏から、瑞牆山クライミングエリア利用にあたっての注意事項を説明いただいた。これは上記ガイドブックに書かれていることではあるが、ここで改めてその主なものを記しておきたい。
伐採、枝払いその他、自然の形状を著しく変化させる行為は行なわない。
ロープのフィックスや荷物の残置を行なわない。
週末、祭日に駐車場が飽和状態になり登山者や一般観光客が駐車できない。通日利用するクライマーは、塩川ダム、瑞牆湖などから仲間と乗り合わせるなど工夫したい。
登山道とクライマー道が入り乱れ、登山者が迷いやすくなっている。無秩序に道を作らない。また迷っていたり、迷い込んでいると思われる登山者には積極的に声をかけるようにしていただきたい(特に重要)。
森の中で大声をあげたり奇声を発したりしない。
登山道、遊歩道から見えるボルダーにはチョーク跡を極力残さない。
クライマー以外の人に不安を与えるような派手な行動は慎む。
その他、一般的なマナーを守って行動する。
なお、同じくゲストスピーカーとして、瑞牆山クライミング協会代表、『瑞牆山ボルダリングエリアガイド』発行者の室井登喜男氏にも登場いただき、この地でのクライミング、ボルダリングの現状についても述べていただいた。
現状としては確かにクライマーは目立つ存在ではあるが、同時に登山者、観光客のオーバーユースも深刻な状況になっている。そうした中、マナーも変化していることを理解し、それは我々が発信していく必要があるとの説明があった。特にボルダーのチョーク跡、クライマーの声出しについてはある程度いたしかたないとしつつも、可能な範囲での善処を考えるべきであろうと提言された。
この後、参加者からの意見として以下のような課題も述べられた。
クライマーのみならず、登山者、キャンパー等の増加により駐車場が手狭になっている実態があり、その拡張について行政側へ要望書などを提出してはどうか。
温暖化により早春には瑞牆山には登山者、クライマーが集まっており、閉鎖ゲートの前に多くの車が駐車されている状況が見られ(通行の妨げとなる)、ゲート開錠の早期化についても提案してはどうか。
最後に内藤氏から「瑞牆山におけるクライミング、ボルダリングを次世代に正しい形で引き継いで行く必要がある」との言葉が述べられ、これは今後のこの地でのクライマーの姿勢を総括する意味で非常に素晴らしいものであったように思う。
私見では、例えば同じような環境にあるアメリカのヨセミテ渓谷などは、クライミングとアウトドア、観光がお互いに理解し合い、完全に共存している。瑞牆山もそうしたポテンシャルがある場所であることは間違いなく、そうした環境をぜひクライマーの手で作って行って欲しいものだと願っている。
瑞牆山におけるボルト設置の法的見解
続いてACPC合田より、ボルト、終了点整備の法的な対応について説明があった。それによると、
米国では国がクライミングを合法的な活動として認めており、当然ボルトの使用も認められている。欧州はアルピニズムがユネスコ無形文化遺産となっている。日本では、現状、国がクライミングを正面から認めておらず、黙認の形をとっている。加えて、クライミングエリアにおけるボルトの設置(「新築」、「改築」含め)等は、たとえば自然公園法などに照らし合わせても合法とはいえない状況であり、不透明なまま来ている。
瑞牆山は、その多くのエリアが自然公園法における特別保護地区となっており、クライミングエリアの多くもその範囲に含まれる。そこでのボルト設置については、自然公園法における「工作物」に該当すると解釈され、ボルトの「新築」、「改築」には同法上の許可、および土地所有者である山梨県の許認可、地元の北杜市の協力が必要となる。現状では上記関係諸官庁の許認可に向けて手続を進められるよう議論を重ねている。
特に自然公園法上の許可を得るためには、クライミングという行為に「公益性」があると認められる必要がある。そのためには今回発足した瑞牆山クライミング連絡協議会およびクライマーが一体となって、クライミングの「公益性」についてアピールしていく必要がある(これについては日本勤労者山岳連盟事務局長川嶋氏より、労山では登山を長年、憲法13条の健康で文化的な活動として国民の権利として主張してきている旨の説明があった)。
近年他エリアでグラウンドフォール事故による訴訟が起きているが、ボルトは100%安全なものではない。ボルト(終了点含め)は崩壊する可能性のあるものとして認識する必要がある。クライミングはその行為自体がリスクの高いものであるということをクライマーは理解し、常に自ら安全性を確認して自己責任のもと行なうものだ。それを各自認識すべきだし、またまわりにも啓発していく必要がある。
また、上記説明に続いて参加者から、ボルトが工作物ということであるが、その管理は設置者ではなく、クライマー全体のコミュニティが管理するものであるという認識に立つべきではないか、との意見があった。これはすでに設置されたボルトの多くが設置者不明であることを考えれば、至極まっとうな見方であるように思える。ただしこうして今までごく当たり前のように設置し、使っていたボルトに対して、最近は様々な考え方が入ってきており、それに対して相応のアピールは必要であるように思えた。
事故発生時の救急対応のレクチャー
午後はクライマーでもあり消防士でもある山岸尚将氏、同じくクライマー兼救急救命士の宮村岳氏に、クライミング、ボルダリング時の事故時の救急対応について、講習をしていただいた。内容は以下のとおり。
令和に入ってからの瑞牆山における緊急出動データ(山梨県ホームページより)を見る限り、クライミングでの怪我というのは実際はそう多くはない(ロープを使ったクライミングで数年に1件、ボルダリングで年2~3件程度)。だがそれでもいざという時の連絡手段、ファーストエイドなどは事前に充分知っておく必要がある。またそれに対しての備え(ファーストエイドキットなど)もできるだけ揃えておくべきだ。
なお、近年市井では安易な救急車要請が問題になっているが、山での事故の場合はそのようなことは考えにくい。むしろ対処について不安に思ったら、迷わず救急隊を呼んで欲しいとのこと。事故派生の場所に関しては、クライマーが普段使っている名称(〇〇岩など)は、通じない。通常は携帯から119番通報すればそれが先方で座標を出してくれる(全国各地ではないが、北杜市では可能)ので、そちらの方が良い。ただし岩場によっては(特に基部では)携帯が通じないこともあるので、それは事前にチェックしておいた方が良い。
その他、止血法、骨折などの固定法、状況判断などについての解説があった。
後援
株式会社モンベル
パタゴニア・インターナショナル・インク
ザ・ノース・フェイス(株式会社ゴールドウイン)
株式会社エボリューション(イボルブ・ジャパン)
ペツル
きくち・としゆき 1960年、神奈川県生まれ。10代よりアルパイン、フリー両面で活躍。特にヨセミテに足しげく通うほか、アメリカ、ヨーロッパ、アジア各地で活動多数。元『クライミングジャーナル』編集長。主な著書に『新版 日本の岩場』上・下、『日本50名ルート』(いずれも白山書房)、『日本マルチピッチ フリークライミングルート図集』『クライマーズ コンディショニング ブック』『クライマーズ・コンディショニング・ブック』『定本 我々はいかに「石」にかじりついてきたか ―日本フリークライミング小史―』(山と溪谷社)などがある。
この記事は山と溪谷社刊『ROCK&SNOW 104』に掲載された記事を編集・掲載したものです。
Comments