文・写真=合田雄治郎(アルパインクライミング推進協議会副会長)
はじめに
2022年4月に、菊地敏之会長のもと、そうそうたるアルパインクライマーや有志が集まって、一般社団法人アルパインクライミング推進協議会(Alpine Climbing Promotion Council/ACPC)を立ち上げました。設立趣旨は、アルパインクライミングの名ルートの再生・整備やアクセス問題への対応により、アルパインクライミングを普及・振興させることにあります。私自身は、30年弱、もっぱらフリークライミングを行なってきて、アルパインクライミングには明るくないのですが、法的な問題の担当役員としてACPCに参画させてもらっています。
今回は「アルパインクライミングを考える」にあたり、法的問題に絞って、検討してみたいと思います。
そもそもクライミングをすることは適法なのか
所有権絶対の原則と岩場でのクライミングとの関係
岩場においてクライミングをする場合、まれに、自らが所有する岩場で行なうということがありますが、ほとんどは、他人が所有する土地に入り、他人が所有する土地の岩を登っています。
そこで、他人が所有する岩場でクライミングをするということが法的にどのようなことなのか考えてみたいと思います。
不動産を含む「物」を所有する権利を所有権といい、その「物」に対する所有権を有する者を所有者といいます。所有者は、「物」を自由に使用、収益、処分でき、所有権を侵害されればこれを排除することもできます。すなわち、所有者は所有する「物」を、使ったり、利用してお金を得たり、改変したり、壊したり、売ったり、所有権を侵害する行為を排除したりすることができるのです。このように所有者は「物」に対していわば絶対的な支配権を有するので、所有権のこのような法的性質について「所有権絶対の原則」といいます。
そうすると、岩場の所有者は、所有権絶対の原則から、自ら岩を登ることも、岩場への立入りを禁ずることも、岩場の利用を認めることも、クライマーの岩場の利用を認める代わりに利用料を取ることも、岩場に改変を加えることも、岩場を破壊してしまうこともできます。したがって、クライマーは、他者が所有する岩場においては、土地に立ち入ること、岩を登ること、岩場を整備することなど、いずれの行為についても所有者の同意が必要となります。
しかしながら、これまでは所有者や地権者(所有者のみならず管理者をも含めた土地に関わる権利や権限を有する者)の同意を得ている一部の岩場を除いて、ほとんどの岩場では黙認によって、クライミングなどの岩場の利用がなされてきたといえます。岩場の利用の適法性という観点からは、現在は「真っ白な適法な状態」ではなく、「少々灰色がかっているが違法とまではいえない状態」といえるかもしれません。
そして、スポーツクライミングが五輪競技となり、「ボルダリング」や「クライミング」という言葉が世の中で普通に使われるようになり、クライミングがいわば市民権を得たともいえる今こそ、岩場利用の適法性に関して灰色であるものを限りなく白に近づける、すなわち、これまで後ろめたい思いをしながらクライミングをしてきた状況を、大手を振ってクライミングができる状況に変えていくということができるのではないかと考えます。
自然公園内でのクライミング
このように岩場利用の適法性を考えた場合に、国立公園、国定公園および都道府県立自然公園(自然公園法第2条第1号、以下まとめて「自然公園」といいます)内の岩場と私有地内の岩場では、岩場の利用やクライミングの適法性は異なると考えられます。自然公園内でのクライミングは、私有地でのクライミングと比べて、その適法性において白に近づくといえます。
つまり、そもそも自然公園は国民が利用できることが前提となっているため、立ち入りや利用を禁止する場合は例外的な措置だといえます。というのも、自然公園について定めた自然公園法において「利用の増進を図る」ことが同法の目的の一つとされ(第1条)、同法は国民の利用が許されることを当然の前提と考えているといえますし、環境省が設置した「自然公園制度の在り方検討会」も自然公園の利用に関わる提言をし(2020年5月)、ここでも利用が許されることを当然の前提としているからです。さらには、自然公園の中の山岳においては、古くから登山の一環として盛んにクライミングが行なわれてきたのであり、これらのクライミングの実態をある程度は把握しながら、ごく一部には制約があるものの、それが許されてきたことは、公に認められていると捉えることもできます。
よって、自然公園内の岩場のほうが、私人が所有する岩場よりも、法律や行政のお墨付きで利用が許され、この反射的効果として、所有権絶対の原則が制限されているともいえます。すなわち、自然公園内においては、合理的理由がないかぎり、立ち入りや利用を拒絶することは難しいと考えられるのです。
自然公園内の岩場の整備における法的問題
アルパインクライミングのルートの整備
これまで述べてきたように、自然公園内のクライミングは原則として許されると考えられるとしても、自然公園内の岩場の整備については別途考慮が必要となります。なお、アルパインクライミングの岩場の整備の是非(「そもそもアルパインクライミングのルート整備はすべきなのか、すべきでないのか」など)という論点もありますが、これは別稿に委ねることとします。
まず、岩場の整備といった場合、その整備の内容として、掃除、残置スリングやカラビナ(フリーのルートと異なり、アルパインのルートでは残置カラビナは少ないと思われます)の撤去・整理、ボルト・ハーケン・ピトンなど(以下「ボルト等」)の撤去または打ち替えといったことが考えられます。
なかでも、最も法的に問題になりそうなボルト等について考えたいと思います。なお、残置スリングの撤去・整備については、スリング自体は安価であること、残置スリングは景観を害するといえること、経年劣化したスリングは安全性に問題があることから、法的問題が生じることは少ないでしょう。
国立公園および国定公園における特別地域、海域公園地区、普通地域
自然公園法をみると「この法律は、優れた自然の風景地を保護するとともに、その利用の増進を図ることにより、国民の保健、休養及び教化に資するとともに、生物の多様性の確保に寄与することを目的とする」と第1条に目的が記されており、「利用の増進を図る」ことが目的の一つとされ、これは前述したとおりです。
そして、同法によれば、自然公園には、国立公園、国定公園、都道府県立自然公園があります。そして、国立公園と国定公園は、特別地域、海域公園地区と普通地域に区別されます。
「特別地域」とは、国立公園においては環境大臣、国定公園においては都道府県知事が、当該公園の風致を維持するために公園計画に基づいて指定した地域(自然公園法第20条第1項、以下、条項番号は自然公園法)、「海域公園地区」とは、国立公園においては環境大臣、国定公園においては都道府県知事が、当該公園の海域の景観を維持するために公園計画に基づいてその海域内に指定した地区(第22条第1項)、「普通地域」とは、特別地域および海域公園地区以外の区域(第33条第1項)をいいます。
現状において、海域公園地区にはアルパインクライミングのルートは少ないといえるため、国立公園と国定公園における特別地域と普通地域について考えます。
工作物に関する規制
特別地域内において「工作物を新築し、改築し、又は増築する」場合には、国立公園にあっては環境大臣、国定公園にあっては都道府県知事の許可を受けなければならないとされ(第20条第3項第1号、特別保護地区については第21条第3項第1号)、普通地域では「その規模が環境省令で定める基準を超える工作物を新築し、改築し、又は増築する」場合には、国立公園にあっては環境大臣、国定公園にあっては都道府県知事に届け出なければならない(第33条第1項第1号)とされています。
すなわち、ボルト等が「工作物」に該当するのか、ボルト等の整備が「工作物を新築し、改築し、又は増築すること」に該当するのかによって規制のあり方が異なることになります。なお、ボルト等が「工作物」に該当すれば、ボルト等の整備は「工作物を新築し、改築し、又は増築する」に該当する可能性が高いため、以下ではボルト等が「工作物」に該当するか否かによって場合を分けて考えます。
普通地域でのボルト等の整備
普通地域において、ボルトが、「工作物」に該当しなければリボルトについて届出は不要となり、「工作物」に該当するとしても「その規模が環境省令で定める基準を超え」(第33条第1項第1号)なければ届出は不要といえます。
仮に、ボルトが「その規模が環境省令で定める基準を超える工作物」に該当しても、届出をすればリボルトは認められるということになるでしょう。なお、「許可」は禁止されている行為を解除することで当局の審査にパスする必要がありますが、「届出」はその要件に従い当局に届出をすれば足り、審査はされません。
したがって、普通地域におけるボルト等の整備は下記の特別地域と比べて法的問題が少ないといえます。
特別地域でのボルト等の整備
特別地域において、ボルト等が「工作物」に該当しなければリボルトについての許可は不要となりますが、「工作物」に該当するのであれば、ボルト等の整備について、国立公園にあっては環境大臣、国定公園にあっては都道府県知事の許可を得なければならないことになります。
そして、許可のための基準については、「環境省令で定める基準」(第20条第4項)として自然公園法施行規則(昭和32年厚生省令第41号)第11条「特別地域、特別保護地区及び海域公園地区内の行為の許可基準」があります。
なお、自然公園法及び同施行規則によれば、特別地域は、さらに特別保護地区(第21条)、第1種特別地域、第2種特別地域、第3種特別地域(施行規則第9条の2)に区分され、その許可基準も異なります。また、特別地域内に利用調整地区が指定されることがあり(第23条第1項)、利用調整地区においては、立ち入りをする際には、原則として、国立公園においては環境大臣、国定公園においては都道府県知事の認定を受けなければなりません(第24条第1項)が、現在、全国で利用調整地区に認定されているのは、吉野熊野国立公園大台ヶ原の西大台地区(2007年9月~)と、知床国立公園の知床五湖地区(2011年5月~)の2地区のみのようなので、検討から外します。
ボルト等が「工作物」に該当しない場合
上述のように、ボルト等が「工作物」に該当しない場合は、ボルト等の整備を行なう地域が特別地域でも普通地域でも、自然公園法が求める許可や届出は不要になると考えられます。
ただし、「工作物とはどのようなものか」という解釈、その解釈に基づきボルト等が「工作物」に該当するか否かは、第一義的には行政(国や地方公共団体)に委ねられています。
都道府県立自然公園でのボルト等の整備
都道府県立自然公園には、条例により指定された特別地域(特別地域内に利用調整地区を指定できる)とそれ以外の地域があり、自然公園法の規制の範囲において、条例で必要な規制をすることができます(第73条第1項)。
したがって、都道府県立自然公園に関しては条例を確認する必要があり、国立公園・国定公園と同様の規制がある可能性が高いといえるでしょう。
おわりに
昨今、登山道の設置・管理をめぐって、登山道法の制定が提唱されています(『これでいいのか登山道』登山道法研究会/ヤマケイ新書)。登山道の問題とアルパインクライミングのルート整備の問題と同じようにみえますが、これまで述べてきたように、岩を登るという行為の適法性がいまひとつ明らかでないのに対し、山を登るという行為自体が適法であるということは明らかであるという点で決定的に異なります。
前述したように、スポーツクライミングが2020年東京五輪から追加競技として採用され、多くの方がスポーツクライミングの選手のすばらしい活躍をご覧になったものと思います。また、2028年のロサンゼルス五輪からは正式競技となることが決まっています。このようなクライミングに対する認知度・関心度の高まりを契機に、これまで岩場の地権者(所有者のみならず管理者をも含めた土地に関わる権利や権限を有する者)の黙認のもと行なわれてきたクライミングやクライミングに関わる行為(新規の開拓、岩場の整備など)が法的に承認されるような土壌を整える必要があるといます。
まずは、その岩場が自然公園内のどの地域や区分にあるのかを確認し、現地調査によりどのような整備を必要とするのか検討しなければなりません。そして、岩場に関し、行政(国や地方公共団体)、地権者および関係者との対話を始めていきたいと考えています。
ごうだ・ゆうじろう 1966年神戸市生まれ。東京大学法学部卒業。
1994年に小川山でフリークライミングを始め、2005年までクライミング中心の生活を送り、2010年に弁護士登録。現在は、スポーツ案件を中心に取り扱う弁護士。早稲田大学・中央大学・専修大学非常勤講師、日本スポーツ法学会理事、(公財)日本スポーツ協会倫理コンプライアンス委員、(一社)小鹿野クライミング協会理事、(公社)日本山岳・スポーツクライミング協会元常務理事等。
この記事は山と溪谷社刊『ROCK&SNOW 098』に掲載された記事を編集・掲載したものです。
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