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【第7回 ②】日米ボルト事情の違い

文・写真=菊地敏之(アルパインクライミング推進協議会会長)

 

  この春、アメリカからボルト事情の変更(禁止?)が伝わってきて少々焦ったのだが、幸い、それは左記のとおり、正確なものではなかったようだ。


 正確には、ボルトを打つ場合は単にNPSへの許可申請と承認が必要というだけのもので、ボルトの設置自体が禁止されるわけではない。つまりクライミング自体の合法性は継続的に認められるということで、これにはひとまず安心した。


 と同時に、この話を聞いて、アメリカと日本の国立公園行政のあまりの違いに、あらためてため息をついてしまった。


 アメリカでは、本連載の3回目でも触れたとおり、連邦政府から「クライミングは、原生自然保護地域の利用方法として合法かつ適切なものである」という公式見解が示されている。そしてボルトも、その活動に必要不可欠なものとして設置が認められている。その設置は、原則的には「新規設置には承認が必要」ではあるのだが、「承認手順の詳細は公園単位で制定され」、かつそこには「(当地の)ルートの歴史や伝統に詳しい地元のクライマーに相談をすべきである」という、日本では考えられないような極めて民主的な文言も付け足されているということだ。そして結果、ヨセミテでは「2024年4月現在、ヨセミテ国立公園に関してはボルトの設置に関してNPSに対する事前の申請や承認は必要とされていない」。

 

 そこに今回(2023年)、「ボルトの新規設置、撤去、交換すべてにおいて許可申請と承認を要す」という代替案が提出されたわけで、それに対してアメリカのクライマーたちからは「米国のクライミングコミュニティが勝ち取ってきた権利の一部が奪われる可能性」があり、「大きな衝撃」と受け止められているという。


 ええ?というような話だ。


 これが「大きな衝撃」なら、日本のボルト事情などを彼らが聞いたら、いったいどう思うだろう?


 本連載2回目「岩場の利用とルート整備に関する法的問題について」でも述べたとおり、日本では国立公園(特別地域)内でのボルトの設置は、公式には認められていない。ボルトが今のところ「工作物」とみなされているからで、これを設置するには環境大臣および管理行政の許可が必要なのだという。そしてその許可を得られる工作物の条件としては「学術研究その他公益上必要と認められるもの」ということが挙げられている。


 ?? それならクライミングのボルトはその条件に即していると、クライマーなら思うかもしれない。これは公益上、間違いなく必要なものだと、誰もが思っているに違いないからだ。


 だが残念ながら、この部分も日本ではまだ理解は得られていない。結果、クライミングのためのボルト設置のハードルは高いままだ。


 一方でアメリカ、ヨーロッパなどでは、クライミングというものに関しては公益性のある文化として広く認められている(本連載の3回目参照)。アメリカにおいては上記のとおり「合法かつ適切なもの」とまで明言されている。要するに国民が追求して然るべき「文化」と認識されているということで、これはずいぶんな違いがある。


 しかし思うにこれは、単に行政レベルの違いだけではないだろう。決まりや制度に対する民衆の考え方、態度そのものが、何より大きく違っていることも大きいように思われる。


 というのも、やはり我が国では、決まり事はお上から下りてくるもの、しかもお上の言うことは絶対、という意識が頑としてある。その決まりを自分たちで作ろう、ましてや既存のそれに逆らおうなどという発想は通常はもたない。役人がこうだと言ったら、それにどんなに不満や疑問があろうと、我々はおとなしく従うだけだ。それがついこの間まで封建制、今は諸外国から「世界で唯一成功した社会主義国」と揶揄される我々国民の、ぬぐえぬ心理というものだ。


 一方でアメリカなどは、制度や決まりは自分たちで作っていくものという意識が強い。などと私などが知ったかぶりするのはおこがましい限りではあるのだが、今回のボルトを巡るあれこれを見ていると、それは明瞭だ。


 この国では知ってのとおり、アメリカンアルパインクラブ内にアクセス委員会を設置して、ああだこうだと政府に要求を突きつけている。また政府側の対応も驚くべきもので、今回も変更案の提出に伴って、NPSは「パブリックコメントの募集を開始した」という。


 なんともうらやましい話だ。かつて我が国でもクライマーは大いに自立精神に富んでいたように思う。その精神を復活させることが、ルート整備以上に今必要なことなのではないかと、最近はつくづく思っている。


きくち・としゆき 1960年、神奈川県生まれ。10代よりアルパイン、フリー両面で活躍。特にヨセミテに足しげく通うほか、アメリカ、ヨーロッパ、アジア各地で活動多数。元『クライミングジャーナル』編集長。主な著書に『新版 日本の岩場』上・下、『日本50名ルート』(いずれも白山書房)、『日本マルチピッチ フリークライミングルート図集』『クライマーズ コンディショニング ブック』『クライマーズ・コンディショニング・ブック』『定本 我々はいかに「石」にかじりついてきたか ―日本フリークライミング小史―』(山と溪谷社)などがある。


この記事は山と溪谷社刊『ROCK&SNOW 104』に掲載された記事を編集・掲載したものです。

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