【第9回】クライミングの公益性
- 合田雄治郎(アルパインクライミング推進協議会副会長)

- 2024年11月12日
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更新日:8月31日
文=合田雄治郎 (アルパインクライミング推進協議会副会長)
写真=菊地敏之
はじめに
「クライミングの公益性」というテーマについて、「クライミングに公益性?」「いったい何の話?」というクライマーは少なくないかもしれません。私がクライミングを始めた30年前には、クライミングといっても、一般社会での認知度は極めて低く、一部の物好きによって行なわれているアクティビティだったように思います。個人的にはそこが気に入っていたところでもあります。
ところが、あれよあれよという間に、スポーツクライミングが五輪競技となり、日本のお家芸にもなり、当初は一般の人々の口から「ボルダリング」という言葉が聞かれて相当驚いたものですが、今ではまったく珍しくはなくなりました。そのような移り変わりのなかで、アウトドアでのクライミングがそもそも合法な行為なのかさえわからないまま、後ろめたさを感じながらクライミングをしてきた状況を、正々堂々とクライミングができる状況に変えようという趣意で設立されたのがアルパインクライミング推進協議会です。
全国に先駆けて、瑞牆山でのリボルトについて法的にホワイトにしようということで、推進協議会は取り組んできましたが、現状で、越えなければならないのが「公益性」の壁なのです。
本連載「アルパインクライミングを考える」の第2回(098号)において、ルート整備に関する法的問題について書かせていただきました。今回は引き続いて、瑞牆山におけるリボルトを法的にホワイトにするための課題の一つである「クライミングの公益性」について考えます。
「公益性」という言葉はどこから出てきたのか
瑞牆山におけるリボルトが法的に認められるためには、少なくとも、①環境大臣(すなわち国)の自然公園法上の「許可」、②土地所有者としての山梨県の土地使用許可または承認、③北杜市の協力の3点が必要とされています。
①について、瑞牆山におけるリボルトの対象となるボルトのほとんどは自然公園内の「特別保護地区」にあります。本連載第2回で書かせていただいたように、特別保護地区におけるリボルトは、自然公園法第21条第3項第1号(第20条第3項第1号)の「工作物を新築し、改築し、又は増築すること」に該当し、環境大臣の許可が必要となります。そして、その許可基準は、同法第21条第4項により、「環境省令で定める基準」が該当し、「環境省令」とは自然公園法施行規則(以下単に「規則」)を指します。
そこで、規則をみますと、第11条において「特別地域、特別保護地区及び海域公園地区内の行為の許可基準」が定められ、特別保護地区のボルトについては、同条第14項により、許可基準の一つとして「学術研究その他公益上必要とみとめられること」(同項第2項ロ)が挙げられています。
すなわち、瑞牆山の特別保護地区のリボルトの許可を得ようとすると、「公益上必要」であることが要件となります。素直に条文を読めば、リボルトが「公益上必要」でなければなりませんが、クライミングにボルトは必須のものである以上、クライミングの「公益性」と読み替えることもできます。

クライミングの「公益性」を証明する方法は
そこで、我々はリボルトの許可を得るために、クライミング(あるいはリボルト)の「公益性」を証明しなければなりませんが、「公益性」の有無に関する判断基準は規則のほかに何ら示されてはいません。そこで『広辞苑』(第6版、岩波書店)を紐解くと、「公益」とは「国家または社会公共の利益。広く世人を益すること」とあります。
当初は、上述したようにクライミングの一つであるスポーツクライミングが五輪競技にもなったことから、「広く世人を益する」(=「公益」)のであり、容易に「公益性」を有すると認められるのではないかと考えていました。
しかし、特別保護地区内の許可において極めて厳しい要件を課せられているなかで、山中の他のアウトドア・アクティビティと比べて特段メジャーであるとはいえないクライミングのリボルトを特別扱いして許可するためには、まだ「公益性」を裏付けるための証明が足りないということのようです。
そのような悩ましい状況が続いたところ、アウトドアスポーツについては、スポーツ庁が「アウトドアスポーツ推進宣言」*1を発出していることを知りました。このことで、アウトドアでのクライミングがアウトドアスポーツの範疇に入っていれば、スポーツ庁すなわち国が推進する対象となり、国が積極的に推進しようとしている対象であれば、「公益性」が当然に認められると考えました。
そうすると検討すべきは、アウトドアでのクライミングはアウトドアスポーツなのかという点です。
*1…スポーツ庁:アウトドアスポーツ推進宣言 https://www.mext.go.jp/sports/b_menu/sports/mcatetop09/list/detail/1399436.htm
クライミングはスポーツか
アウトドアスポーツもスポーツの一形態であるため、そもそもアウトドアでのクライミングはスポーツであるのかについて考えてみたいと思います。なお、五輪競技となったスポーツクライミングがスポーツであることに異存はないところだと思います。ここで問題となるのは、あくまでアウトドアでのクライミングということになります。
スポーツの定義は、10人の学者がいれば10の定義があるといわれるほど、固まった定義はありません。従前の有力な見解では、スポーツを狭くとらえ、①遊戯性、②闘争(競技性)、③激しい肉体活動の三要素が必要だと考えられていました。
しかし、現代社会においては、スポーツが一部のトップアスリートだけのものではなく、一般市民にとっても欠くことのできないものとなるにつれ、スポーツの定義も広く解されるようになりました。
たとえば、スポーツ基本法の前文においては「スポーツは、心身の健全な発達、健康及び体力の保持増進、精神的な充足感の獲得、自律心その他の精神の涵養(かんよう)等のために個人又は集団で行われる運動競技その他の身体活動」とされています。
スポーツ基本法は法律であるため、少しわかりにくい表現となっていますが、スポーツ庁のウェブサイト*2では、このことを噛み砕いて、次のように説明されています。
スポーツは「身体を動かすという人間の本源的な欲求に応え、精神的充足をもたらすもの」(「第二期スポーツ基本計画」)として、「たとえば、朝の体操から何気ない散歩やランニング、気分転換のサイクリングから、家族や気の合う仲間と行くハイキングに海水浴など、その範疇はさまざま。つまり、スポーツとは一部の競技選手や運動に自信がある人だけのものではなく、それぞれの適性や志向に応じて、自由に楽しむことができる『みんなのもの』なのです」とあります。
つまり、スポーツの従来的な定義から広げて、朝の体操や散歩までも含めていることになります。このことからすれば、クライミングはスポーツの範疇に入っているといってよいでしょう*3。
*2…スポーツ庁 Web広報マガジン「スポーツ庁が考える『スポーツ』とは?Deportareの意味すること」 https://sports.go.jp/special/policy/meaning-of-sport-and-deportare.html
*3…広義のスポーツの定義からすると「登山」は当然にスポーツであることになります。
スポーツ庁はクライミングをスポーツと考えているか
このようにスポーツの現代的な定義からしてもクライミングはスポーツに該当すると考えられます。そのほか、スポーツ庁、すなわち国がクライミングをスポーツと考えている根拠として、前述した「アウトドアスポーツ推進宣言」があります。
同宣言において「スポーツ庁では『スポーツによる地域活性化』に取り組んでいますが、これからの重点テーマとして、『アウトドアスポーツ』を推進してまいります。アウトドアスポーツを推進していくことは、〈中略〉スポーツの枠を超えて人々や社会に様々な好影響を与えるものと考えております」とし、「日本には、山・川・湖・海などの自然を活かした素晴らしい環境が、どの地域にも平等にあります。スポーツ庁は、地域独自の自然環境をスポーツに活用して、意欲的に地域活性化に取り組む地域を応援するとともに、その魅力を広く発信していくことで、地域を訪れ、スポーツを楽しむ人々を増やしていけるよう、アウトドアスポーツを推進してまいります」としています。また、スポーツ庁は、「アウトドアスポーツツーリズム」*4についても「スポーツにおける地域活性化」の一つの方策として推進しています。
このようにスポーツ庁によるアウトドアスポーツやアウトドアスポーツツーリズムの推進については、同庁の運営するウェブサイトで確認ができますが、具体例としてアウトドアでのクライミングが挙げられてはいないものの、その趣旨からはアウトドアでのクライミングがアウトドアスポーツに該当するといえますし、また、ラフティングやキャニオニングが挙がっている*5ことを踏まえると、同庁はアウトドアでのクライミングはアウトドアスポーツに含まれていると考えていると思われます。
*4…アウトドアスポーツツーリズム https://sporttourism-japan.com/outdoor.html
*5…スポーツ庁のウェブサイトでは、アウトドアスポーツとしてトレッキングが具体例として挙がっており、スポーツ庁が登山をスポーツと考えていることも間違いないでしょう。
クライミングがスポーツだとするとどのようなメリットがあるか
スポーツに関する法律として、2011年に制定された「スポーツ基本法」があります。
同法では、国民にスポーツ権(スポーツをする権利、みる権利、支える権利)を認め、国および地方公共団体の責務並びにスポーツ団体の努力として、スポーツに関する施策を総合的かつ計画的に推進しなければならない(同法1条)としています。なお、このスポーツ基本法は、理念法ながら、国民のスポーツ権を認め、国・地方公共団体に対して、スポーツに関する施策の推進を求めるもので、画期的な法律ということができます。
すなわち、アウトドアでのクライミングがスポーツであるならば、国、地方公共団体はその責務として、アウトドアでのクライミングに関する施策を総合的かつ計画的に推進しなければならないことになります。
そうだとすれば、国が総合的かつ計画的に推進すべきアウトドアでのクライミングについて、「公益」=「国家または社会公共の利益」が認められないとは到底ならないと考えられます*6。
*6…「登山」における、国や地方公共団体が登山道(歩道)と認めていない、いわゆるバリエーションルートにおいても、クライミングのリボルトと同様の議論が当てはまり、国や地方公共団体は積極的に対応すべきであるといえます。
クライミングの危険性とスポーツとの関係をどのように考えるか
アウトドアでのクライミングがスポーツであると解釈する立場に対し、インドアでのクライミングと比べてみても、その危険性(アウトドアでのクライミングは危険であるという認識)は格段に高まることから、アウトドアでのクライミングは安全性が確保されるべきスポーツの範疇ではないとの反論もあり得ます。
しかしながら、アウトドアでのクライミングは、生命の危険がありますが、どのようなスポーツをしていても生命の危険性はあります。たとえばスポーツである柔道等の格闘技、体操、ラグビーにおいては死亡事故が少なからず起きており、生命の危険があることは周知の事実です。また、アウトドアスポーツでいえば、先に挙げたラフティングやキャニオニングも同様に生命の危険性があり、自然(山に限らず、海、川)を相手にするアウトドアスポーツには多かれ少なかれ生命の危険性があるといえます。以上からすれば、アウトドアでのクライミングが、その危険性ゆえにスポーツではないとはいえないと考えられます。
問題は、アウトドアでのクライミングにおける危険との対峙の仕方です。危険を自らコントロールすることにこそクライミングの本質的要素であることを前提として、すべての危険を排除するのではなく、危険を必要最小限の範囲で排除するという理念をすべてのクライマーが理解し、国や社会に対し周知することが必要になります(この点は非常に重要な論点であるため、機会があれば別途論じたいと思います)。

おわりに
これまでに述べてきたように、アウトドアでのクライミングが、国の考える「スポーツ」であり、国が推進する「アウトドアスポーツ」である以上、「公益性」がないということにはなりようがないように思われます。
しかし、環境省によれば、このような理屈だけでは、自然公園法(規則)上の「公益性」の要件を満たすわけではないようです。
したがって、粘り強い交渉を続けていきつつ、我々クライマーがクライミングの具体的な「公益性」を勝ち取っていく必要があります。「公益性」の証明の一つとして、山岳4団体*7による声明の発出が検討されようとしていますが、その余の証明方法についてもクライミング界全体で考えていかなければなりません。
*7…公益社団法人日本山岳・スポーツクライミング協会、公益社団法人日本山岳会、公益社団法人日本アルパイン・ガイド協会、日本勤労者山岳連盟
ごうだ・ゆうじろう 1966年神戸市生まれ。東京大学法学部卒業。1994年に小川山でフリークライミングを始め、2005年までクライミング中心の生活を送り、2010年に弁護士登録。現在は、スポーツ案件を中心に取り扱う弁護士。早稲田大学・中央大学・専修大学非常勤講師、日本スポーツ法学会理事、(公財)日本スポーツ協会倫理コンプライアンス委員、(一社)小鹿野クライミング協会理事、(公社)日本山岳・スポーツクライミング協会元常務理事など。
この記事は山と溪谷社刊『ROCK&SNOW 106』に掲載された記事を編集・掲載したものです。



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